孤独との向き合い方

query_builder 2026/08/24
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どうもーー!

レガーレ代表の薄井でございます。


最近、各地で猛威を振るっている局地的な豪雨。

千葉県内でも、1時間に100mmを超えるような記録的な大雨が観測され、各地で冠水などの大きな被害が発生しました。

レガーレの事務所がある宇都宮市でも、毎年この時期になると、

「いや、さすがに降りすぎでしょ……」

と言いたくなるような、わけの分からないレベルのゲリラ豪雨が多発します。

また、栃木県は「雷都」と呼ばれるほど、雷が多い地域としても知られています。


災害によって、電気が止まる。 水が止まる。 道路が使えなくなる。

普段、当たり前のように使っていたものが突然使えなくなると、

「人間というのは、なんとも脆い生き物なんだな」 と、まざまざと痛感させられます。


普段は気にも留めていなかったものに、実は僕たちは支えられている。

そして、それを失って初めて、その存在の大きさに気づく

これは、災害に限った話ではありません。

僕たちの人生も、きっと同じです。


普段は当たり前のようにそこにいる人。

当たり前のようにある仕事。

当たり前のようにある環境。


自分を支えてくれているものが、ずっとそこにあるとは限りません。


そして、それらを失ったとき。

人は否応なく、**「自分一人」**と向き合わなければならない瞬間があります。


さて、今回の社長マガジンのテーマは、

「孤独との向き合い方」 です。


【人は、最後に一人になる瞬間がある】


「受験勉強」

「スポーツ」

「仕事」

「事業」


何かに本気で取り組み、人並み以上の努力をしているときというのは、想像以上に大きなストレスがかかります。


最初のうちは、周囲から応援してもらえるかもしれません。

大好きだった動画や音楽に励まされたり、先生や先輩の言葉、これまで身につけてきた知識に助けられたりすることもあるでしょう。

ところが、努力を続けていると、

「今まで自分を支えてくれていたものが、何の役にも立たない」

そう感じてしまう瞬間が訪れることがあります。


誰かに相談しても、答えが見つからない。

本を読んでも分からない。

これまでの経験や知識も通用しない。


そして最後には、

「もう、自分でどうにかするしかない」

という場所まで追い込まれる。


では、人はそんな状況に追い込まれたとき、何を頼りに歩けばいいのでしょうか?

今回は、そんな

「孤独」とどう向き合えばいいのか。

そして、

「頼れるものがなくなったとき、人は何を頼りにして歩けばいいのか」


そんなお話ができればと思います。


株式会社レガーレ

ロゴ

キッチンカーで石窯ピザの開業を志す方へ、支援と個別の相談対応を行っております。キッチンカー開業、運営のノウハウやピザ作りの技術教授はもちろん、レシピの提供や各種手続きのお手伝い、そして最適な車両制作まで対応いたします。

株式会社レガーレ
住所:

〒329-1104

栃木県宇都宮市下岡本町1995

電話番号:
028-307-3828

孤独とは?

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突然ですが、皆さんは今現在、

「孤独」を感じる瞬間はありますか?


僕は今、経営者という立場になり、始める前には想像もしなかったような孤独を、これまで何度も味わってきました(笑)

急激に変化する社会の中で、会社を守り、従業員を守り、お客様に対する責任を背負う。

相談することはできます。 意見を聞くこともできます。


しかし、最終的に決断を下し、その結果を引き受けるのは自分です。

強烈な責任と孤独に押しつぶされそうになりながら、


「自分のやっていることは、本当に合っているのだろうか」

「この判断で、本当に大丈夫なのだろうか」

「もしかしたら、自分には何かを成し遂げるだけの器がないのかもしれない」


そんなことを頭の片隅で考えながら、

それでも日々、事業に勤しんでおります。


ただ、これは経営者だけの話ではありません。

生きていれば、大小の違いこそあれ、

誰にでも、

「もう、頼れる人が誰もいない」

そう感じる瞬間が訪れることがあります。


離婚をしたとき。

・経済的に追い詰められたとき。

・親元を離れ、一人で生きていかなければならなくなったとき。

・いじめられて、誰にも相談できず、一人で惨めさを抱え込んだとき。

・信頼していた人が、自分の前からいなくなったとき。


まるで、暗闇の中に自分一人だけ置いていかれたような感覚。

そういった瞬間は、特別な人だけに訪れるものではなく、誰の人生にも訪れる可能性があります。

そして実は、僕が、

「事業者として生きていきたい」

と考えるようになった根っこの部分にも、この「孤独」との向き合い方が密接に関係しています


依存からの脱出

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正直なところ、なぜその考えに至ったのか、今となってはよく覚えていません(笑)


確か、20代後半くらいだったと思います。

その頃から僕は、

「何かに依存して生きていくことは、危険であり、窮屈でもある」

そんなふうに考えるようになりました。


「これがないとできない」

「これがあるから生きていける」

「この人がいないとダメ」


もちろん、人間が完全に一人で生きていくことなど不可能です。

家族、友人、仕事仲間、お客様。

僕自身も、たくさんの人に助けてもらいながら生きています。


だから、「人を頼るな」と言いたいわけではありません。

むしろ、苦しいときには人を頼った方がいい。

助けを求めることは、決して弱さではないと思っています。


ただ、僕が怖いと思ったのは、

「誰かに頼ること」

「誰かがいなければ生きていけないこと」

は、まったく違うということでした。


自分の人生が、何かや誰かの存在を前提として成り立っている限り、その存在を失うことへの「不安」から完全に抜け出すことはできません。


「もし、これがなくなったらどうしよう」

「もし、この人がいなくなったらどうしよう」

「もし、この会社で働けなくなったらどうしよう」

「もし、今ある環境が壊れてしまったらどうしよう」


まだ何も起きていないのに、失うことを恐れている。

それは、言い換えれば、

「今あるものに、自分の人生の主導権を預けてしまっている状態」

なのかもしれません。


それをあと10年。 20年。 30年。 ……

そんな人生は、僕にはつらすぎる。


だから、決めました。

「何かがなくなっても、自分の足で立っていられる人間になろう」

誰にも頼らない人間になりたいわけではありません。


たくさんの人に助けてもらう。 困ったときには、素直に助けを求める。


でも、最後の最後には、

「大丈夫。自分なら何とかできる」

そう自分自身に言えるだけの力を持ちたい。


そのために、 自力で生きられる力をつけたい。

今振り返ってみると、この考えこそが、僕が事業者という道を選んだ理由の一つだったのだと思います。


看脚下

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話は少し変わりますが、最近ふと、禅について触れる機会がありました。

(ちなみに僕はスピリチュアルといった類いを全くと言って信じておりません)


そこで知ったのが、

「看脚下(かんきゃっか)」

という言葉です。

直訳すれば、

「自分の足元をよく見なさい」

という意味を持つ禅の言葉です。


昔、中国に法演(ほうえん)という禅僧がいました。

ある晩、法演が3人の弟子を連れて寺へ帰っていたときのことです。


今とは違い、街灯などない時代。 暗い夜道を歩くには、手元の灯りが頼りです。


ところが、その道中。

一陣の風が吹き、頼りにしていた灯りが消えてしまいました。

辺りは真っ暗。 それまで灯りを頼りに歩いていた弟子たちは、そこで立ちすくみます。

すると師匠は、弟子たちに問いかけました。


「さて、お前たちは今、何を思う?」


僕なりに解釈すれば、

「頼りにしていた光が突然消えてしまった。さあ、お前たちはどうする?」

という問いです。


その問いかけに対して、一人の弟子が答えました。

「看脚下」

――自分の足元をよく見て歩きます。

師匠は、その答えに満足したといいます。


さて、なぜでしょうか?


自灯明

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仏教には、

「自灯明(じとうみょう)」

という言葉があります。


簡単に言えば、「他人の光だけを頼りにするのではなく、自分自身を灯火として生きなさい」 という教えです。

ここまで読んでくださった方なら、僕が20代の頃に考えていた、

「自力で生きられる力をつけたい」 という話と、どこか似ていることに気づかれたかもしれません。


もちろん、人に頼ることが悪いわけではありません

誰かに助けてもらうことも、とても大切です。

僕自身、一人ではここまで来られませんでした。

たくさんの人に助けてもらい、支えてもらい、今があります。

だからこそ、人とのつながりは大切にしたい。


でも同時に、

「最後に自分を支えるものは、自分自身である」

ということも、忘れてはいけないのだと思います。

誰かが灯してくれた光は、とてもありがたい。


でも、その光が永遠に消えない保証はありません。

だからこそ、自分の中にも、小さくていいから

「自分を照らす灯り」を持っておく。


それが、自分の人生を自分で生きるということなのかもしれません。


自分の足元を見る

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努力をすればするほど、その努力に比例するように孤独を感じる瞬間があります。

しかし、現実というものは非常に厳しい。

どれだけ努力しても、びくともしない壁が人生には普通に存在します。

その壁にぶつかるたびに、


「自分には無理なんじゃないか」

「もう辞めてしまおうか」

「自分の選択は間違っていたんじゃないか」


そう思い、涙がこみ上げてくることもあるでしょう。

そんなとき、人は必死になって外に答えを探します。


誰かに答えを求める。

本を読む。

動画を見る。

成功した人の言葉を探す。


もちろん、それも大切です。

外からもらった言葉に救われることだって、たくさんあります。

でも、それでも答えが見つからなかったとき。


一度だけ、自分の足元を見てみてください。


・これまで自分が積み重ねてきたもの。

・これまで耐えてきたこと。

・これまで乗り越えてきたこと。

・失敗しても、もう一度立ち上がった経験。

・誰にも褒められなくても、続けてきた努力。

・怖くても、自分で決断してきたこと。


自分の中にあるものを、もう一度探してみてください。

何もないと思っていた自分の足元に、実はこれまで歩いてきた

「自分自身の足跡」が残っているかもしれません。


もし、そのとき涙が出てきたとしても、それでいい。


泣きながらでも、自分の心の中にある光を探せばいい。


最後は、自分が自分の灯りになる

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僕は、この逸話に出てくる「夜道」を、

「人生」に置き換えて考えました。

人生を歩いていれば、自分を照らしてくれていた光が突然消えてしまうことがあります。


信頼していた人がいなくなる。

仕事を失う。

お金を失う。

自信を失う。

これまで正しいと思っていたものが、正しくないのかもしれないと思い始める。


人生の夜道には、そんな瞬間があります。

そして、そんなときに人生から、

「お前は、それでも歩けるのか?」

そう問われているような気がするのです。


誰も道を照らしてくれない。

どちらへ進めばいいのかも分からない。

正解なんて、どこにも書いていない。


それでも、「まずは、自分の足元を見る」


一歩先まで見えなくてもいい。

遠くにあるゴールが見えなくてもいい。

まず、自分が今立っている場所を確認する。

そして、自分が踏み出せる一歩を探す。

その一歩を、自分の力で踏み出してみる。

また分からなくなったら、もう一度足元を見る。


そして、また一歩。


もしかすると、孤独との向き合い方とは、孤独をなくすことではないのかもしれません。

人間である以上、孤独を完全に無くす事なんてできません。


だったら、

「孤独になっても歩ける自分をつくる」

ことの方が大切なのではないでしょうか?


誰かの光がなければ、一歩も歩けない自分にはならない。

誰かに助けてもらいながらも、自分の足で立つ。 自分の足元を見る。


そして、自分で一歩を踏み出す。


誰かが照らしてくれる光がなくなったのなら、 最後は、自分自身が自分を照らす光になる。

僕はそれが、「孤独に強い人間になる」 ということなのではないかと思っています。


そして今でも、僕自身がその途中です。 経営者になったから強くなったわけでも、孤独を感じなくなったわけでもありません。


むしろ経営者になって、以前より孤独を感じることは増えました(笑) 迷うこともあります。

不安になることもあります。

「もう無理なんじゃないか」と思うことだってあります。


それでも、「最後は自分で何とかする」

そう思えるだけの力を、これからも少しずつ身につけていきたい。


人生という暗い夜道で、頼りにしていた灯りが消えてしまったとき。

慌てて遠くの光を探す前に、

「看脚下(かんきゃっか)」

まずは、自分の足元を見る。


そこには、

今まで自分が歩いてきた道がある。

転んだ跡もある。

立ち上がった跡もある。

逃げずに踏ん張った跡もある。


それら全部が、

「ここまで来られたんだから、きっと次の一歩も踏み出せる」

そう教えてくれるはずです。


そして、たとえ小さくても、自分の中にある灯りを頼りに、もう一歩だけ進んでみる。


一歩でいい。


その一歩を繰り返していけばいい。

誰かに支えてもらいながらも、最後は自分の足で立つ。

誰かの光に助けてもらいながらも、自分の中にも灯りを持つ。


僕はそれが、「孤独と戦う」のではなく、

「孤独と向き合う」ということ なのだと思っています。

そして、それが僕なりの、

「孤独との向き合い方」 です。


あとがき

ブログ

以上、社長マガジン第9話となりましたが、いかがでしたでしょうか?

まさか自分が、禅の思想について触れる日が来るとは夢にも思いませんでした(笑)


しかし、こうした何気ないきっかけから昔の人たちの考えに触れてみると、ひとつ気づかされることがあります。

それは、 現代人が抱えている悩みも、昔の人たちが抱えていた悩みも、外側の形こそ違えど、根っこにある本質はそれほど変わらない ということです。


仕事。

人間関係。

お金。

将来への不安。

孤独。

生き方。


時代が変われば環境も変わり、悩みの形も変わります。

しかし、

その奥にある人間の「迷い」「不安」というものは、何百年、何千年前から、それほど変わっていないのかもしれません。


だからこそ、過去に起きたことは、これからの人生でも形を変えて起こり得る。


そして、僕たちがこれから直面する悩みの多くも、実は遥か昔の誰かが同じように悩み、考え、ひとつの答えを残してくれています。


そう考えると、歴史や先人の言葉というものは、 僕たちより先に人生を歩いた人たちが残してくれた「道しるべ」 なのかもしれません。


だから、大きな壁にぶつかったとき。

どうしていいのか分からなくなったとき。


一度立ち止まって、先人たちの言葉に耳を傾けてみる。


そこから何かを学び、自分なりに考え、 自分の中に、小さな灯りをつくる。

そして、「看脚下(かんきゃっか)」


遠くばかりを見て答えを探すのではなく、 まずは、自分の足元をしっかりと見てみてください。


これまで歩いてきた道。

今、自分が立っている場所。

そして、自分が次に踏み出せる一歩。


案外、僕たちが必死になって外に探し求めていた答えは、 すでに自分の足元にあるのかもしれません。


それでは、また第10話でお会いしましょう! 

サラダバー

(さようなら~)

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