「人生で取り返しがつかないこと」
どうも!!
レガーレ代表の薄井です♪
猛暑真っ只中の8月となりましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
この原稿を書き進めていた7月28日.....
熊本県を震源とする大きな地震が発生し、
最大震度7を観測しました。
津波による大きな被害は確認されなかったものの、建物や家屋の倒壊などにより、多くの尊い命が失われたという報道が入ってまいりました。
改めて、
「人生は、いつ何が起こるか分からない」
ということを、深く考えさせられる出来事でした。
このたびの地震でお亡くなりになられた皆様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
さて、今回のテーマは、
「人生で取り返しがつかないこと」
です。
誰にでも、一つや二つは思い当たる節があるのではないでしょうか。
綺麗ごとを抜きにすれば、人生には、後からどれだけ努力を重ねても、完全には取り戻せないものがあります。
今回は、そんな、
「人生で取り返しがつかないこと」
について、僕なりの考えを深掘りしていきたいと思います。
特に今回は20代、30代と若い層に見ていただきたい内容となっております。
それでは、行ってみましょうーー!!
-社会が学んだ金言-
最近、SNSでこんな話題を目にしました。
「社会で取り返しがつかないこと」
コメント欄には、
「人生に取り返しのつかないことなんてない」
「何歳からでもやり直せる」
そんな言葉が数多く並んでいました。
もちろん、その言葉に救われる人もいるでしょう。
僕も、何歳からでも挑戦することはできると信じています。
しかし、
その一方で、少し違和感を覚えました。
日本は今なお、
先進諸国の中でも自殺死亡率が高い水準にあります。
人生のどこかで、
「もう取り返しがつかない」
そう感じ、苦しみ続けている人が、現実に存在します。
だから僕は、
「人生に取り返しがつかないことなんてない」
という言葉だけで片付けてしまうのは、少し無責任ではないか。そう思うのです。
たまに、こんな話を耳にします。
「刑務所に入ったこともあるけど、今は支えてくれる人がいて、何とかやれてるよ」
「若いころ、酒に溺れて体を壊し、20代を棒に振ったけど、人生なんとかなるもんだよ」
「20代、30代は何も努力しなかった。でも40代になった今、それなりにやれているよ」
「気が付いたら子供ができ、結婚して、色々なことに諦めがついた」
語弊を恐れずに申し上げると、時折こうした無思考・無行動ゆえの失敗を、まるで武勇伝のように語る人がいます。
もちろん、そこから立ち直ったこと自体は素晴らしいことです。
しかし、それを聞いた若い人たちが、
「じゃあ、自分も大丈夫なんだ」
と受け取ってしまうのであれば、それは少し違うと僕は思います。
僕は、失敗そのものを否定したいわけではありません。
挑戦には、失敗が付きものです。
上を目指すための失敗なら、恐れずにどんどん経験するべきです。
新しいことに挑戦し、 壁にぶつかり、 転び、 そこから学ぶ。
その失敗は、人生において何ものにも代えがたい財産になります。
しかし、それと同時に、
「できる限り避けるべき失敗」
もあると僕は感じています。
それは、
「やるべきことから逃げ続けた結果の失敗」です。
挑戦しなかった。
努力しなかった。
忠告を聞かなかった。
思考しなかった。
自分を変えようとしなかった。
それは失敗というよりも、現実から目を背け続けた末に訪れた結果ではないでしょうか。
その結果まで、
「いい経験だった」
という一言で片付けてしまうのは違うと思います。
最近、若いころに周りの大人たちから言われた忠告を、よく思い出します。
「若いうちに、たくさん挑戦しておきなさい」
「本当にやりたい仕事なんて、待ってても見つからない」
「人の意見には耳を傾けなさい」
「悪い仲間との付き合いは、自分の価値まで下げる」
「時間を大切にしなさい。20代なんてあっという間だ」
「歯だけは、本当に大切にしなさい」
健康、時間、人間関係、お金の使い方。
どれも、先人たちが残してくれた金言です。
当時の僕は、そのたびに、
「また始まった……」
「うるさいなぁ」
そんなふうに煙たがっていました。
ですが、不思議なことに、年齢を重ねるほど、それらの言葉は現実味を帯びてきます。
「あの時、言われた通りだった」
そう思う場面が、一つ、また一つと増えていくのです。
では、なぜ先人たちは、あれほど繰り返し同じことを伝えてきたのでしょうか。
それは決して、若者を縛りたいからではありません。
「この失敗だけは、できれば経験してほしくない」
そんな願いが込められた、
人生の警告だったのです。
社会には、自分自身で経験しなくても学べる失敗があります。
何万人、何十万人という人たちが同じ失敗を繰り返し、その代償を払ってきたからこそ、
「これは、やめておいた方がいい」
という社会での共通認識が生まれました。
僕はそれを、人生における、
「先人たちから受け継がれた鉄則」 だと思っています。
20代、30代という時間は、一度しかありません!!
もちろん、40代、50代からでも人生を変えることはできます。
ですが、20代に積み上げられたはずの経験を、40代になってから同じ条件で取り戻すことはできません。
失った時間だけは、 誰にも返してもらえないのです。
だからこそ、
「挑戦して失敗すること」
は恐れなくていい。
でも、
「挑戦しないまま、時間だけを失うこと」
は恐れてほしい。
この二つは、似ているようで、まったく違います。
若い人たちは、本当は分かっています。
「こんな大人にはなりたくない」
そう思いながらも、自分も同じ道を歩んでしまうのではないかと恐れています。
だからこそ、大人が伝えるべき言葉は、
「君も何とかなるから大丈夫」
ではなく、
「自分の道を見つけて挑戦しろ!」
ではないでしょうか?
人生には、やり直せることがたくさんあります。
しかし、その一方で、取り返しのつかないことや、手遅れになってしまうことも確かに存在します。
だからこそ、自分の人生の選択を、誰かに委ねてはいけません。
自分で考え、自分で決断する習慣を身につけることが何よりも大切です。
なぜなら、人に委ねた決断は、うまくいかなかった時に
「あの人が言ったから」
と後悔へ変わります。
しかし、自分で決めた選択であれば、たとえ失敗したとしても、それは次へ進むための経験になります。
人生の責任を引き受けられるのは、自分だけです。
だからこそ、自分の人生くらいは、自分の意思で決断して歩んでほしいと、心から願っています。
-本物になる覚悟-
もう一つ、人生で取り返しがつかないことがあります。
それは、
「理解したつもり」で終わってしまうこと。
僕の周りにも、そんな人を数多く見かけます。
「誰かから借りてきた言葉」
「誰かが作ったロジック」
「誰かが導き出した答え」
それらを総動員して、
「自分は理解している」
「自分は出来ている」
そう頭の中だけで完結し、言葉だけは一丁前なのに、肝心の行動は起こさない。
思わず、
「じゃあ、やってみろよ!」
と、突っ込みを入れたくなることがあります。
ですが、きっとその人たちも、悪気があるわけではありません。
恐れているだけです。
「もし自分が、できない側の人間だったらどうしよう」
その現実と向き合うことを。
経済的な失敗よりも、自分の実力の底を知ってしまうことの方が、よほど怖いからです。
最近、しみじみと思います。
本物になろうとするには、とてつもない覚悟が必要なんだと。
なぜなら、自分の中にあった幻想が、一つひとつ壊れていくからです。
「自分は本物なのか?」
「それとも、ただの偽物なのか?」
その問いと、毎日のように向き合うことになります。
時には、自分の未熟さをさらけ出し、 情けない姿を見せ、 人前で恥をかくことだってあります。
ですが、その恥こそが、本物へ近づくための第一歩なのだと、僕は思っています。
若い世代の方には、ぜひ覚えておいてほしいことがあります。
人生には、必ず大切な分岐点が訪れます。
「そこそこでいいやと満足するのか」
それとも、
「本気で突き詰め、走りきるのか」
【どっちの人生で、あなたは生きるのか?】
人によって、そのタイミングは違いますが、
その選択を迫られる瞬間は、誰にでも必ずやってきます。
そして、勘違いしてほしくないことがあります。
最初から本物の人なんて、一人もいません。
みんな最初は、
誰かの言葉を借り、
誰かの考え方を真似し、
誰かの成功法則をなぞるところから始まります。
もちろん、僕だって今でもそうです。
だから、最初は借り物でも構いません。
大切なのは、その借り物を持って、まずは行動してみることです。
すると、必ずこんな瞬間が訪れます。
「あれ?教わった通りにやっているのに、結果が出ない」
「おかしい」「なんでだろう」
その違和感こそが、
「理解したつもり」だった証拠です。
借り物は、あくまでも他人の経験から生まれたものです。
そのまま自分に当てはめても、どこかに歪みが生まれ、思うように機能してくれません。
だからこそ、実際に行動し、失敗し、恥をかき、そこから学び、自分だけの答えへと作り変えていかなければならないのです。
その過程を経て、ようやく、
「本物への入口」が見えてきます。
本物になるプロセスには、
必ず「恥をかく」
という工程が組み込まれています。
だから、この道を選ぶ人は少ない。
勇気がいるからです。 ですが、逃げ続けた先に待っているのは、
「理解したつもり」で終わる人生。
誰かの言葉を借り続け、 誰かの人生をなぞり続ける人生です。
僕は、それこそが、本当の意味で取り返しのつかないことなのではないかと思っています。
最後に、僕が考える「本物」の定義で、この章を締めくくります。
「自分にしかできないことを突き詰め、生涯をかけて向き合い続けられる人」
大きなことでなくても構いません。
ぜひ、あなただけの”本物”を探してみてください。
-あとがき-
今回も最後までお読みいただき、
本当にありがとうございました!!
毎回テーマを深掘りしていると、どうしても長文になってしまいます。
今回は当初、
少しコンパクトな「ショート版」としてお届けする予定だったのですが、
気がつけば、いつも通りのボリュームになってしまいました(笑)。
今回の内容は、どちらかと言えば、
20代、30代の若い世代へ向けたメッセージです。
最近はSNSの普及によって、誰もが自由に意見を発信できる時代になりました。
その一方で、
「あれ?なぜ、そんな意見がまかり通っているのだろう?」
と、不思議に感じる場面も増えています。
例えば最近でいうと、、、
「焦らず、好きなことが見つかるまで待てばいい」
「無理に答えを探さなくても、やりたいことには自然と出会える」
「人生は長いから、急がなくても大丈夫」
そんな言葉を目にすることがあります。
思わず、「そんなもの、宝くじが当たるレベルの話だぞ!!」
と、思わず心の中で突っ込みを入れたくなりました(笑)
世の中には、こうした耳当たりの良い言葉が数多くあります。
ですが、その言葉をそのまま信じ、ただ待ち続けるだけでは、人生は何も変わりません。
もちろん、偶然の出会いによって、人生が大きく変わることもあります。
ですが、それは待っていたからではなく、自ら行動し、人と出会い、挑戦し続けた先に訪れた結果ではないでしょうか?
僕自身、これまで多くの経営者や挑戦者とお会いしてきました。
その中で、
「何もしないまま夢が見つかった」
という人には、一人も出会ったことがありません。
夢は待つものではなく、動いた先で見つけるもの。
僕は、そう考えています。
最近は、
「日本は終わった」
「結局、人生は運だ」
「努力しても報われない」
そんな言葉もよく耳にします。
もちろん、世の中には理不尽なこともあります。
努力したからといって、そのすべてが報われるとは限りません。
しかし、だからといって考えることをやめ、挑戦することまで諦めてしまえば、現状は何一つ変わりません。
僕も40代を迎え、最近は、
「次の世代へ、何を残せるだろうか?」
と考える機会が増えました。
歳を重ねるにつれ、少しずつ
“じじい視点”
になってきたのかもしれません(笑)
「こんな大人にはなりたくない」
そう思われる存在ではなく、
「こんな大人になりたい」
そう思ってもらえる背中でありたい。
(きっと想像以上に難しい事なのかなとは思ってはおります)
そのためには、自分自身が誰よりも挑戦し続けること。
そして、失敗を恐れず、ダサくて無様な姿も隠さず見せること。
それが、仕事とは別に、40代となった今の僕に課せられた役割だと思っています。
社会に出ると、子どもの頃に抱いていた疑問や好奇心は、忙しさに追われる中で、少しずつ薄れていきます。
中には、それを
「子どもっぽい」
「現実を知らない」
と一蹴し、その芽を摘もうとする人もいるでしょう。
ですが、そんな声に負けず、
「なにくそ」と、その“幼さ”とも言える純粋な好奇心を最後まで持ち続けた人こそが、新しい価値を生み出してきました。
私は、その純粋な好奇心こそが、新しい未来を切り拓く原石だと信じています。
だからこそ、若い世代の皆さんには、人と同じ答えを探すのではなく、
自分だけの答えを見つけられる大人になってほしいです。
そして、誰も気づいていない可能性や、
ほかの人には見えない「正解」を見つけ出せる人間になってください。
世界を変えることは、簡単ではありません。
ですが、自分が変われば、家族が変わる。 家族が変われば、地域が変わる。 地域が変われば、やがて社会も変わっていく。
少なくとも僕は、そう信じています。
【世界を変える前に、まずは自分を変える】
そんな人生哲学にのっとり、日々の積み重ねを大切にしながら、これからも一歩ずつ歩んでいきたいと思います。
では、今回はこのあたりで、
次回社長マガジンでお会いしましょう!!
さらだば~♪
(さらばだー)